シェアワールド~√劇場の裏~

複数の作者が共通の世界観で紡ぐ物語やイラストの集まり。様々な要素が重なり合い、並行世界は形作られている。

イースター

一週間ほど前、僕はアパートの一室で一人歓喜していた。
「ぁ……当たった……‼︎」
日が暮れて間もない時刻、大声を出すとまた大家さんに怒られてしまう。
それでも声は抑えきれず漏れ出した。
「帝都ネオミヤコ広場……サイバースペースイルミネーションのペアチケット……‼︎」
よかった、これでデートの予定はバッチリだ。
これなら彼女も僕を見直してくれるかな……。
僕は期待で胸騒ぎがして、ひとまず落ち着こうと窓を開ける。冬の寒さが未だに残る夕風が入って来て、僕の火照った頬をかすめた。
夕陽が見える。
春の夕陽が。

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亜人行録Ⅴ(完)

「君は一人の亜人を人間にしようとしていたそうだな」
暗い廊下、僕と老人はある場所へと向かっている。
「……ええ。
僕はそう言いながら、彼女のことを……弄び続けていました」
「そうか」
僕の予想に反して、彼の返答は怒るでもなく悲しむでもなく、ただただあっさりとしたものであった。
「では、君は人間とは何だと思うね?」
「……人間……」
人間とは何だ。
僕がずっと目を背けてきた問い。

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ある少女 after

相変わらず地味なトレンチコートを羽織り、私は自宅を後にする。

今時珍しくもない自動認識ドアは私の意識に反応して、重苦しく開く。

ロック解除

シュゴー

今朝は黒い泥水を一杯だけ。

頭が冴えわたるわけでもなく、気持ちだけ軽くなる。

地下鉄なんて言葉は今や意味をなさない。

すべての列車は地下にしかないのだ。

「ちゃんと朝食を摂りなさいってば」

ニューロン・ネットワークで話している相手は学生時代の友人で城ヶ崎舞。

全人口のほぼ全員がニューロン・ネットワークに接続して、スーパーコンピュータの認天堂から恩恵を受けている。

「私はこれでいいの。空腹でイライラしていたいの」

「はぁ」

舞は呆れた様子で言葉に詰まる。

あたりの立体看板には美味しそうな料理が映し出されており、胃袋がキューと悲鳴をあげる。だけど、胃袋に何もないってことは、吐いたりしないってこと。

といっても、肉料理はない。

なぜなら牛や豚を育てるためには、広大な土地に水や食料が莫大に必要だからだ。

人類にそれだけの余裕があるわけもなく、豆料理とブロック状のかつてカロリーメイトなんて呼ばれた栄養食品の進化系が並んでいる。

ファイル参照。

ーー神経系統の異常に作用している。

さて、早歩きで私は駅のホームまでやってきた。

「また亜人? いつまで続くのかな」

「人類が滅ぶまでかもね」

悪い冗談を真面目に受け止めないでね、と付け加える。

どうやら、亜人によるテロが発生したようで、21人の人間が死亡したらしい。

武器や爆薬なら山ほどある。先の大戦で使用されたレーザー砲の虎小僧や燃料気化爆弾が使用される。

私は駅で延々と列車を待つ羽目になり、勤め先の研究所に連絡しなければならなくなった。

「えらいことよ。巻き込まれなくてよかった」

「そうね」

「亜人が人を殺す理由……なんだけど、未だわからないんだって」

「そうだね。もしかしたら、殺す理由なんてないのかもしれない」

「理由のない殺戮……ますます怖い」

さて、私があの“事件”から立ち直り今やパパ……父親の後釜になってから1年が経つ。

神経通信理化学工業弥生。この長ったらしい研究施設で日夜運ばれてくる亜人を監禁し、脳に異常がないか調べている。

今のところわかったのが、亜人は意識に異常を来たしている、ということのみで、あまり詳しくは分かっていない。

パパ……父親は亜人化する人間には〈姫〉と呼ばれる存在が関与している、と研究していた。

さて、何をしながら待とうか。

私はカバンからゲームボーイカラーと呼ばれる骨董品を取り出す。

「えー最新のゲーム貸してあげるのに」

「いいの、こうしてポケットなモンスターを育てているから。このゲームではね、人類以外の生命体を捕まえて戦わせるの。捕まえられたモンスターは命令に従うようになるの」

「捕まえられたモンスターが命令に従う?」

私は実に楽しげに語る。

「ボールという機械に入ったモンスターは意識を操られ、命令に従うようになるの。はじめはみんな襲ってきたのに」

「なんかこわいね」

「亜人も意識をコントロールされているんじゃないかって」

「えーーっ!」

勿論、これは推測でしかないが、人間が亜人化する過程で、何かあるんじゃないか。そう漠然と考えている。亜人を生み出すボールのようなもの。人間を捉え、亜人化させる〈姫〉を生み出す装置が……。

「じゃあ、その装置ってどこにあるの」

「……推測に過ぎないけど」

「すぎないけど?」

いや、といって会話を中断する。

亜人化する人間には法則性がある。

亜人化する人間はある前提がある。

ニューロン・ネットワーク。

トリガーになっているのは、人間の狂気とニューロン・ネットワーク上に存在する悪魔。

それをパパ……父親は〈姫〉と呼んでいたのかもしれない。

〈姫〉によって意識が奪われていく過程で、体まで異形化する。

ニューロン・ネットワークを管理しているのはスーパーコンピュータの認天堂だ。

「認天堂の生み出す〈姫〉により、かつて戦争が起きた。そして、今もテロが続いている」

オフラインで無発声の言葉を述べる。

スーパーコンピュータ認天堂は家庭に一台あるほどだ。

私たちは戻れるだろうか、ニューロン・ネットワークのない時代へ。

考える。

これは社会が生んだ悪夢だと。

おわり

土の便りは水道から 第2話

「あ、詩帆おはよ~」

 

教室に入ると、喧騒の中から式部真子の少し気の抜けたような声が飛んできた。

中学1年生から奇跡的に連続して同じクラスになった彼女は気の置けない友人だ。

 

「おはよ~。あぁまたギリギリだ」

 

荷物を机に置きながら教室の時計を見ると、朝のホームルームが始まるまであと5分しかなかった。前の席の真子と向き合う形になる。

 

「詩帆の家遠いもんねぇ」

 

真子がのんびりとそういっているのを聞きながら、カバンの中のものを出す。

ふと、真子が机の上に座っているのに気づき、行儀が悪いと諫める。

真子はえへへなんていいながら、ゆっくりと机から降りた。

 

「もうちょっと早く出たら? 『外壁』からだと時間かかるのわかってるんだしさ……。どうせまたゆっくり寝てたんでしょう」

 

隣の席から安倍早苗の笑いを含んだ声が聞こえる。今日もまた本を読んでいて、少しだけ見えたタイトルは『2035年考』だった。

 

「また難しい本を読んで……。早苗は進学校行けそうだね」

「話題をそらすな!」

 

そんな会話をしているとチャイムが鳴る。

しばらくして担任が入ってきて、学校での1日が始まる。

 

特に楽しいとも思わないし、楽しくないわけでもないが、

どちらかといえば、授業は退屈だ。

数学とか国語のほかに決まってやるのは亜人の脅威論。

亜人の生態、亜人にあったときはどうしたらいいか、

亜人対策の歴史……。

 

あったことのない亜人に対するそれらの話は、

ほかのどの授業よりもつまらなかった。

 

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亜人行録Ⅳ

暗い部屋、岩の神父は僕の顔を覗く。
「それでは、単刀直入に言おう。
選ばせてやる。
我々の下に来るか?
君のその技術力は貴重なリソースだ」
……駄目だ、僕には人質がいる。
トメニアに捕らえられたタマミの姿が脳裏を過る。
僕がこの男の勧誘を呑もうものならば、タマミの命は忽ちの内に消し去られるだろう。
彼女の背の翼が垂れ、血しぶきと共に無数の羽が舞う情景を思い浮かべる。

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ある少女

わたしは鏡をみていると思った。

それは万華鏡だ。

地下都市日本、エリア0024。

いくつもの、わたしがいる。

はっきりいって異常だ。

パパが作ってくれたカプレーゼを今朝食べたのを思い出す。わたしの目の前にはカプレーゼとは程遠い物質が飛散している。

あれは……。

おそらく亜人だ。

「グレーテルちゃん、グレーテルちゃん。遊びましょう」

亜人は言う。それは群衆。あるいは天使。

ネロ僕はもう眠いよ……。

彼女たちに「でも、お家に帰らなきゃ」と言う。

12時の鐘が鳴り、魔法が解ける前に。

ガラスの靴を残して。

「じゃあ、わたしも帰るわ」

「わたし寂しがり屋だから、仲間が欲しいの」

帰り道を忘れてしまった気がする。

わたしは泣きはじめる。

どこまでも荒涼と広がる乾燥した大地に、ビックマザーは立っている。

緑色の月が笑っている。

ーーパパにお弁当を持っていったの。

エリア0024。そこにスタップ細胞はあります。スタップ細胞。それは亜人を生み出す神のリソース。アダムとイブは智慧の実を食べました。ビックマザーは亜人の姫。

「ねぇ、パパ……」

わたしの大好きなパパ。最愛のパパ。

ビックマザーは処女に噛み付くレズビアン

百合の花が散る。蜂蜜レモンティ。

巨大な魚の様な顔と、植物におおわれた巨体。

わたしが悪いの。わたしがエサだから。

「……逃げなさい!」

ごめんね、パパ。わたしはエウリュディケだった。

研究室の地下。そこにわたしは迷い込んだ。

なんだろうと、それに近づいたの。

それがビックマザー。

彼女はいろいろ教えてくれた。

「あなたはわたしのイブ」

彼女の一人がわたしに優しくキスをする。

どこまでも、どこまでも荒野。

これがビックマザーの、亜人の姫の夢なのかもしれない。

見上げると宇宙。

神話の世界が広がっていた…………。

作-さくららい

亜人行録Ⅲ

僕には夢がなかった。
「貴方は何が望みなの……?」
タマミは震える声で僕に問いかけた。
僕には紡ぐ言葉がなかった。
「私……、貴方の望む通りになろうと頑張ったんだよ?
たとえ、どんなに小さな事でも努力してきたんだよ……?」
彼女は怒りに全身を震わせていた。
「でも私、何にもできなかった。
何にも、何にも……。
私、こんなに頑張ったのに……」
僕は声が出なかった。必死で喉から言葉を絞りだそうとしても、出るのは微かな呻き声だけだった。
彼女は涙で潤む瞳で僕を睨んだ。
「これ以上私に何を望むの?
私を死ぬまで苦しめること?
私の心を徹底的にいたぶること……?」
彼女の目から頬を伝い、涙がこぼれ落ちた。

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