シェアワールド~√劇場の裏~

複数の作者が共通の世界観で紡ぐ物語やイラストの集まり。様々な要素が重なり合い、並行世界は形作られている。

イースター

一週間ほど前、僕はアパートの一室で一人歓喜していた。
「ぁ……当たった……‼︎」
日が暮れて間もない時刻、大声を出すとまた大家さんに怒られてしまう。
それでも声は抑えきれず漏れ出した。
「帝都ネオミヤコ広場……サイバースペースイルミネーションのペアチケット……‼︎」
よかった、これでデートの予定はバッチリだ。
これなら彼女も僕を見直してくれるかな……。
僕は期待で胸騒ぎがして、ひとまず落ち着こうと窓を開ける。冬の寒さが未だに残る夕風が入って来て、僕の火照った頬をかすめた。
夕陽が見える。
春の夕陽が。

 

 

『えええ!
ごめん、その日は絶対に二人で行く場所あるから!』
「マジっすか」
しかし数時間も経たぬ間に、僕の期待は見事に裏切られることとなる。
「いやさ、サイバースペースイルミネーションのペアチケットが当たって……」
『ごめん、今回だけは絶対に駄目』
「ぇぇぇ……」
バッサリだ……。
受話器越しの彼女は強い口調で、数万分の一の奇跡をあっさりと斬り捨てた。
全く、竜の亜人は何を考えているのかわかったもんじゃないな……。
「……因みに、どこ行くんですか……?」
『仁清(ニンセイ)。イースターに行くの』
「仁清……⁉︎ 遠ッ‼︎
いやここ帝都だろ、絶対ネオミヤコ広場の方が近いし……」
イースターに行くの!
大事な事なんだから。
絶対に面白いから!
仁清までは背中に乗せてあげるからさ、ねっ。
ユーキ、お願い……』
こうなると彼女は絶対に覆せなくなることを、僕は十二分に知っていた。
「あー、うん……おっけい。
いいよ。うん……」
そうだな、ペアチケットは落選したクラブの後輩にあげよう……。
『うん、ありがと。
絶対面白いから。
約束する……』
「よし、
じゃあさ、待ち合わせとかどうしよっか?」
『えっとね……』
僕は少しだけこわばった笑みを浮かべ、そっと窓を閉じる。
やっぱり春になっても、夜風は少し冷たいようだ……。

 

 


イースター

 

2979年春。
人間である僕と竜の亜人である彼女は、仁清に向けて早朝の帝都上空を飛ぶ。
次第に気温が暖かくなっているとはいえ、深海抜高度1,000メートルの上空は予想以上に寒かった。
彼女の頭部から生える角の間から差す朝焼けの光が眩しい。
僕は彼女の首に抱きつくように捕まり、呼吸ができる程度にはゆっくりとした滑空に、彼女の気遣いを感じていた。
彼女の背面を覆う鱗が空の情景を反射させ、きめ細かなモザイク画を彩る。
僕は自分の着ている上着を隔てて、表面は冷たいながらも、翼を動かす度に隆起する立派な筋肉を内部に感じていた。
彼女のひんやりとしたうなじに耳を当てると、艶やかな鱗を通じて彼女の鼻歌が聞こえてきた。
大きな貝に耳を当てると聞こえる海の音のような、優しい歌だった。
「何の歌なんだい?」
風が邪魔をして、僕の声を搔き消す。
彼女には聞こえていないかも知れない。
「パパがよく歌ってくれたの」
「へええ」
どうやら彼女には通じているみたいだが、相変わらず僕は鱗がの振動伝いでしか彼女の言葉を聞けないようだ。
「そうそう、これから行くイースターでは、この歌に合わせて踊るの。
誰も彼も、皆が思い思いに舞い踊るんだ」
「へえ、
イースターってそんなお祭りなんだね」
「昔は違ったんだって。パパが言ってた」
「そうなんだ……」
大きな翼が風を切る。
彼女の背の心地良さを感じ、彼女の鼻歌に耳を傾けながら、僕は目を閉じる。
しかし、この空気抵抗があってはおちおちと眠るわけにもいかなかった。
「……ねえケイ」
「何?」
「知ってることで良いからさ、イースターのこと教えてよ」
すると彼女は少しだけ間を置いて、
「いいよ」
翼をはためかせた。
「……まあ、パパの受け売りなんだけどね」

 

 


その昔、亜人はただ神様に従うためだけに造られたといいます。

しかし、時が経つにつれて神は消えゆき、数多の種族同士での争いが絶えなくなってしまいました。
争いに敗れた種族は土地を奪われ、勝った種族の奴隷にされました。

そんな中、竜人の種族は自ら暴力を禁じていました。竜人は、天気を操る力によって他種族から一目置かれ、争いを挑まれることがありませんでした。
しかしこの平和も、ついに終わりを迎えてしまいます。

500年ほど前、かつて「世界の警察」と謳われたオセアニア連邦が崩壊し、世界中が震撼しました。
世界が均衡を保てなくなり、次第に世界各地で侵略や暴力が蘇ったのです。
当時の先進国は挙って他国の侵略を始め、世界は列強の植民地で溢れかえりました。
争いの手は、竜人の種族にも例外なく襲いかかりました。
列強国の軍隊が郷に押し寄せ、たくさんの亜人の血が流れました。

 

250年前、当時少年だった竜人の男は、同じく竜人である父共々、崩壊したオセアニアだった国に売り渡され、植民地にされた故郷の山国を去ることとなりました。

奴隷として酷使されてきた彼らを待っていたのは、更なる地獄でした。
かつて栄華を極めたオセアニアは、数々の列強の植民地として分割され、見るも無残な国々になっていたのです。

当時、列強国による植民地支配の下で、オセアニアという新たな土地に、新たに社会が作られていました。
主従関係という社会を築くには、意思疎通の手段が必要です。特に労働にあたっては、主人と奴隷だけでなく奴隷と奴隷の意思疎通の手段が不可欠でした。
しかし、世界各地から集められた亜人たちは共通の言語を持たず、意思の疎通は困難を極めました。
そこで主人たちは、「主人たちの言葉」つまり人語を元に、簡易化した言葉を作りました。
時を経て、やがてその言葉が亜人たちの母語となり、それは亜人(デミ)語とよばれるようになります。
竜人の男は父以上に亜人語を使いこなすことができたのだそうです。

当時、世界的な大混乱の中で、列強の国々はかつてのオセアニアであった広大な土地を用いて大儲けをしようと考え、そのために世界各地にいる大量の亜人を略奪し、労働力のために導入していました。
しかし、当の奴隷である彼らはそれを知る由もありませんでした。
彼らは日々、過酷な生活の中で、何も知らされずただ働き、ただ苦しみました。

やがて彼らの不満は積もりに積もって、直接的な抵抗に出る者たちが出てきました。畑荒らしから始まって、逃亡奴隷による反乱が起きたり、革命によって一時の亜人共和国を成し遂げた地域もありました。
しかし、抵抗のための人や武器を集めることは難しく、上記のような事はなかなか叶うことがなかったのでした。

一方、暴力を伴わず密かに抵抗を試みる者たちもいました。
列強国より訪れた人々の祝祭や舞踏会を見た亜人たちは主人を妬み、特に、主人たちがイースターとよばれる神の復活を祝う祭りは一層華やかなものだったので、彼らはそれを心底羨んだのでした。
彼らは密かに主人たちの物真似をして、主人たちのことをおちょくって笑ったのだといいます。
またある者は仮病を装い、ある者は仕事を怠け、ある者は無能を装い、またある者は聞こえなかったふりをしました。
ある者は薬物で自分の肉体を故意に潰したり、またある者は意図的に中絶をして我が子という労働力を奪ったり、果てには自殺する者も現れたのだそうです。

こうして彼らは、どんな逆境にも耐えようと努めてきました。

 

それから長い月日が経ち、160年前、新たなオセアニア連邦元首の宣言によって、ついに亜人たちが鉄枷から解放される日がやってきました。
しかし、これで彼らの苦しみが消え去るということにはなりませんでした。

 

「知っているか?
当たり前というものは常に作られ続けてきた」
父の話は唐突に始まった。男は黙って耳を傾ける。
「その昔、人語にはcolereという言葉があった。
これはラテン語で住む、敬い崇める、耕すとかそんな感じの意味だ。
私の目には、この言葉が人間達を支配しているように見えた」
父は我が子に絵本を読み聞かせるかのようにゆっくりと続けた。
「この言葉は時代を超えて様々な形へと姿を変えた。
住むという語義ではcolony、すなわち植民地へと姿を変え、敬い崇めるという語義ではcult、すなわち崇拝へと姿を変えた。
そして耕すという語義では『人間の発達の過程』という語に姿を変えた。この言葉は、生まれた18世紀でさえマイナーな言葉だったが、人間という種にとってはとても重要なものであるように私は思ったのだ。
この言葉はのちにculture、すなわち文化という言葉となった。
蒸気機関による第一次産業革命があった時代にいた、マシュー=アーノルドという人間を知っているか?
彼は面白いことを言ったんだぞ」
男が首を横に振るのを遮るように、父は目を閉じ苦笑しながら語る。
「『"文化"とはこれまで思考され、語られ続けてきたもののうちで最高のものである』。
都市で急増した大量の労働者階級の人々を恐れた彼は、文化というものをいわゆるエリートの人間だけで独占しようとしていたんだ。
極端に言えば、教養のあるエリートとアナーキーな人達を分離してきた、とうことだな。
それが、人間の文化というものだ。
その本質は、今尚変わってはいまい。
人間は社会で生きてゆく中で、自分の立場を作ろうとしたり、自分の立ち位置を見出そうとする、あるいはそれらを守ろうとする。そして物事を分かち、理解する、『分かる』。
そうして当たり前というものが作られてきた」
そして父は静かに目を開く。
「人間の社会はその成長の過程で、当たり前を作り続けることで、常に解決できない理不尽を解決しようとしてきた。
理不尽に対して、新たな当たり前を適応させて理に叶うようにしてきたのだ。
しかし、それで解決可能な理不尽が、人間達の外になくなってしまったら、人間はどうなると思う?」
男が首を傾げるのを、弱った父の目では見えていなかった。
「全てが透けて見えるようにするために、自らが透明になる。
人間からあらゆる色が喪われるのだ。
透明になった人間達は、いとも簡単に色に染まってしまう」
父は痩せ細った手をそっと病床の淵に添えて、窓越しに遠い空を見た。
そして、思い出したかのように目を見開いて言った。
「顔のない独裁者がいる。
顔のない独裁者。
私たちは決して、彼に屈してはならない。
しかし……、
だが、しかし、彼は……我々が信じてきた神そのもののことなのかも知れない」

 

その言葉を最後に、男の父は息を引き取りました。
ですが、彼はここで悲しんでいる余裕などありませんでした。
奴隷という職を失った彼は、また新たに職を探す必要があったのです。
しかし、どこにもかしこにも、亜人を雇ってくれる職場は見つかりませんでした。
彼は日雇いの仕事を探しては、その日生きてゆくお金を繋いでいたのでした。

奴隷という枷から解放された亜人達は、もう密かにこそこそとものまねをする必要がなくなりました。
そこで彼らは宴を催す度に、彼らの思うままに人間の真似をして街を練り歩いたのでした。
やがて、その音楽や踊りに亜人達の芸術的な要素が加わってゆき、凝った衣装や亜人特有の楽器に彩られる祝祭へと変貌してゆきました。

 

 


時は流れ、大きな戦争がありました。
男の境遇に追い討ちをかけるように、彼の住むオセアニアに、深刻な仕事不足が訪れます。
一方、かつての列強国に遅れをとりつつも戦争によって安定した大国へと成長しつつあった日本は、多くの男が戦死し、子供も産むことができない家庭が急増したために深刻な労働力不足に悩まされていました。
そこで、国際的な政策の下で、オセアニアから日本へ、亜人の移民が急増したのでした。

 

「日本には獣にも山にも、あらゆるものに神がいるらしい」
「日本はおもてなしの国だと聞いたことがあるぞ」
「日本人の女のお淑やかさは世界でも有名らしいしな」
様々な期待を胸に、日本へとやって来た亜人達。
しかし、オセアニア政府主導のプロパガンダとは裏腹に、彼らを待っていたのは非情な現実でした。
世界的に見ても自由を尊重していたオセアニアよりも、人と人を分ける潜在的な軛が根深い日本の亜人差別は深刻だったのです。
そしてさらに追い討ちをかけるように、日本では戦後復興と亜人流入による大混乱が起きていたのでした。
亜人達は否定的な意味を込めてデミと呼ばれ、亜人達の話す亜人語は、劣った言葉として差別の対象にされました。
彼らがようやく手に入れた「母語」は人々には受け入れられず、一方的に拒絶されたのです。
移民第一世代である彼らは、必死になって人語、日本においてはインペリアル・ジャパニーズを覚えようとしたのでした。

「『我々には今日にも明日にも困難が待ち受けている。だがそれでも、私には夢がある』」

辛い日々に立ち向かう亜人達の心を支えたのは、とある牧師の言葉でした。
我々は限りある希望を受け入れねばならない。しかし限りない希望を失ってはならないのだと。
しかし彼らの苦しみは到底言葉だけでは拭いきれず、徒党を組んで社会に反抗しようとする亜人達もいました。
優しさだけでは何一つとして解決しなかったのです。

都市部の貧しい亜人達が居住するゲットーを警官から自衛するために設立された亜豹(デミパンサ)党は、亜人解放闘争を展開しました。
彼らは非暴力による静かな抵抗をやめ、新聞にも取りざたされた政治組織でした。
竜人の男もこの組織に加わって、銃と六法全書を手に、警官達による暴行からゲットー亜人達を守ろうとしたのでした。
また当時、亜人達の呼称として広まっていた「デミ」という言葉は、甚だしく否定的な意味の強い差別用語でした。
しかし、竜人の男は運動の中で自らその言葉を用いることにしたのです。

「俺たちは『デミ』だ。
俺たちの呼び方は、俺たちが決めるんだ」

その言葉の差別的な意味を否定し、自らの名付けの権利を主張したのです。
彼の運動に続いて、亜人達は『劣った』言葉とされていた亜人語の差別的な意味を否定し、デミ語こそが我々の言葉だと宣言しました。
宣言以降、世界中で次々にデミ語を用いた詩や音楽、小説などが現れることになったのです。

 

 


そんな男の運動に、一人理解を示してくれた女性がいました。
彼女は人間でした。
彼女は運動に同調して社会に働きかけようとしましたが、男を含め党の亜人達からは疑念の目を投げかけられ続けました。
彼女はスパイではないか、と。
皮肉にも、差別の種は何処にも広がっていたのでした。
しかし彼女は、そんな彼らに必死で近づこうとし、運動を共にしようとし続けました。
その理由は何か。
もしかしたら本当に、彼女はどこかのスパイだったのかもしれません。

 

 


「…………でもね、パパ恥ずかしがっちゃってそこをあんまり話したがらないの」
彼女の背中のかすかな揺れから、僕は彼女が笑っているのだろうということがわかった。
僕はそこで、彼女の父親にも、人間の言う人間味のようなものが通っているのだと改めて感心したのだった。
「それで、その人がケイのお母さん……?」
「……そ」
すると彼女の背中は、心なしか静かに、笑った。

 

 


それからまた時が過ぎて、二人は結ばれることとなります。
それは事実上、駆け落ちといってもいいものでした。
とは言っても、彼女の家族は戦禍によってめちゃくちゃにされていたのですが。
どうしてこうなったのか。
それは彼ら自身にもわかりませんでした。
「運命」という安っぽい言葉が、なぜかとてもふさわしく思えたのだと彼女は言ったのでした。
民話や神話などに散見されるように、異種間による婚姻は太古より僅かながら存在はしていましたが、やはりこの世界において亜人と人間の結婚は多くの障害がありました。

 

「そうだな、この子の名前は……そうだな、男の子ならエミール、女の子ならケイにしよう。
どうだろう」
「ええ、いいと思うわ」
日の差さぬ朽ち果てた部屋、ベッドに腰掛ける彼女は自分の頭ほどのの大きさがある卵を、膝の上で大切に抱いていた。
"我が子が幸せで平和な社会に育ちますように”。
彼は彼女の抱く卵にそっと触れ、その温度を感じた。

彼らにとって、それが唯一の幸せでした。

 

「我々は誇りある『純粋な人間』だ‼︎
我々は我々の清き血を護るのだ‼︎」
どこかの広いホール、純白のスーツに身を包む男がそう叫ぶと、男の眼下に広がる人間たちは一斉に歓声をあげました。
男の演説は、ただの触媒に過ぎませんでした。
人間たちの亜人への反感は政府の手に負えず、それは「政治活動」として黙認されていました。
否、利用されていました。
「デミを殺せ」
「純粋な人間を護るために」
「デミの仲間もリンチにかけろ」
人間の若い男たちは街中を徘徊し、鉄の棒や角材、ナイフ、肉切り包丁、スタンガン、火炎瓶などを手に亜人狩りを始めます。
病院送りにされたはずの亜人たちは深手を負ったまま多くの病院をたらい回しにされ、そのまま戻らなくなった者たちも多くいました。
亜人たちはもう何も信じられなくなってゆくのでした。
竜人の男と彼の妻は、卵を抱きながら必死で逃げました。

そんな中、仁清という街で最大級の暴動が起きました。
自前の爆弾や銃火器で武装した人々がゲーム感覚で亜人を狩り殺したり、すでに何人も轢き殺した大型のトラックが亜人たちの集会場に突っ込んで自爆したりしました。
亜人たちもあまりの暴挙に耐えきれず、団結して抗戦を始めました。
街中は火の海となり、銃声と悲鳴が止みませんでした。
仁清はまるで戦場のようでした。
誰も彼もが何も分からぬまま、ただおかしくなっていました。

誰のせいでもないはずでした。
しかし、多くの命が奪われました。
多くの犠牲の中で、竜人の妻も命を落としてしまうのでした。

暴動を逃げ延びた竜人の男は生まれ落ちた我が子を抱き、泣きました。

 

 


「…………それでね、パパが子守唄だって言って、あの歌を聴かせてくれたの。
私が少し大きくなった頃、大好きだった友達とお別れした時にも、泣いている私を慰めてくれた……」
もう日もだいぶ昇ってきた頃だ。
はるか下に見える街並みも、すっかり日に照らされて明るくなっていた。
「うん……」
「今からほんの数年前のことだから知ってると思うけど、トイレとかプールとか、バスとか色んなところでさ、亜人と人間は別の施設を使わなきゃいけなかったじゃん」
「そうだね。それぞれで『身体の違い』に適した環境を用意すべきだ、とか何とかって聞いたことがあるなあ」
「そんなのただの建前だよ。
中身の仕組みなんて大して変わってなかったらしいし。変わっていたのは整備の質とかじゃないかな。亜人用の施設は欠陥設備が多かったしさ。
それに……」
彼女の背中が、少し震えたような気がした。
「……どうしたの……?」
「昔、仲がよかった人間の友達が居たんだけどね、その子の母親は亜人のことが大嫌いだったの。
亜人とは二度と遊んじゃいけません』って言って、その子を連れて人間しかいないところに引っ越して行っちゃって……」
しばらくの間、僕と彼女は言葉を紡がなかった。
風の音が聞こえる。
先に沈黙を破ったのは彼女だった。
「焼け野原になった街を見てパパは思ったんだって。
『俺たちには何があるんだろう』って」
「うん……」
「『俺たちにはもう、イースターしかないんだ』って」
「うん……」
そうして再び言葉が続かなくなる。
今度は僕が、思わず口を開いていた。
「…………ずるいや」
僕は微笑んでいた。
「それはずるいや。
面白くないはずがない」
それから僕たちは、笑った。


「ほら、もうすぐ着くよ。
しっかりつかまって。
気圧で耳が痛くならないように気をつけてね」
「うん、ありがとう」
僕はより強く、彼女の首に抱きつく。
すると彼女の鱗の下にある筋肉が大きく形を変え、それに合わせて翼と風の流れが一変した。
眼下には、賑わう亜人で色とりどりになった街が見える。
「これが仁清……」
「綺麗でしょ」
「そうだね」
そうして僕たちは、広大な色彩の渦へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


みんながそう望むから、世界はきっといい方にいい方に進んでるんだって思うの。

 

人間も亜人も、誰もが望まざるを得ない、完全な世界に。

 

顔のない独裁者は静かに笑った。