亜人ハンターⅡ
亜人行録Ⅱ
バクテリア共和国、城塞都市ディーテ。
冥府の神の名を持つこの街は、強固な電子結界があるお陰で現在はバクテリア国家警察の臨時的な拠点となっている。
ゲルニカから下車した僕の目に入ったのは、視界に入りきらないほど巨大な城壁だった。その壮麗で隙のない姿に、僕は圧倒された。
ここは棕櫚の街、これはイェリコの城壁だ。
神の力でもない限り、この城塞は決して撃ち砕かれることはないだろう。
この城壁がある限り、僕達はその城塞に縋るだろう。
そしてそれは突然に、恐怖という名の出口のない迷宮と化すのだ。自分で自分を守ることを遂に忘れてしまうから。
立ちはだかる城壁に見惚れる余り、僕は小一時間そこで立ち尽くせるように思えた。
「御主人、参りましょう」
ヘレナの声で僕は現実に引き戻される。微かに残る思惟の余韻を噛みしめながら、僕は彼女と共に城門へと向かった。
城門に近づくと、屈強な警備の男がこちらを睨んだ。こういった手合いに慣れない僕はついついその視線から目を逸らしてしまう一方で、ヘレナは彼につかつかと歩み寄り、調査行の事情を伝えた。男は手を耳に当て誰かと電信をとった後で、僕と彼女を城内へと通した。
ディーテ城塞の中では、制服の男達が武装やら作戦やらと忙しなく動き回っている。バクテリア国家警察の他にも、様々な人々が行き来しているのが見えた。
「ドーモドーモ、こんにちは」
男の声。僕は突然の事に、肩を強張らせてしまう。
「私、こういうものです」
いかにもバクテリア人を思わせる陽気を放つ男は、浅く色黒になった手で電子証明書を表示した。
「デル=スプーナー。刑事をやっております」
亜人ハンター
今、私は亜人に噛みつかれて真っ赤なブランケットの上で朦朧としている。
彷徨える人間に残された希望として《亜人》を狩る亜人ハンターは、実のところ憧れの対象として以外に、まるで汚穢処理のように私のような罪人の更生のプログラムに組み込まれていた。
人類が地下都市に移住しても、犯罪はなくならなかった。
私の犯した罪は窃盗でも傷害でもない。
ちょっと政府にムカついたって話。
つまりだ、禁句とされる地上の状態を民間人にスクープとして報道しようとした、ということだ。
3ヶ月の訓練を受け私はもっとも危険な通称《亜人都市京都》へ送り込まれた。
綺麗な黒色の制服に、流鏑馬という名の蒸気式拳銃を手にして。
それがどうだ、赴任四日目でこの有様。
美しき妖狐にも見える《亜人》は甲種とされるとびっきり上級なお嬢様だ。まぁ、女かどうかは定かではないが。
この街は綺麗だ、まるで蜃気楼。
私が潜入調査していた竜宮城のような城。
ここがおそらく墓場となるだろう。
ーーッ!
《亜人》の歩く瞬間、不意を見て隠し持っていた流鏑馬を放つ。
緑の光が直線で伸びる。
だが、奴は倒れない。《亜人》は痛みを感じているのだろうか。優美に、まるで猫のように赤い体液が出血した右腕を撫でる。
効いてはいる。ただし、威力が不足している。
さすがにもう駄目だ、と諦めかける。
木製の扉が破壊され、仲間が突入してきた。私の絶望で強張った顔はわずかなに緩む。
《亜人》は部が悪い。襖を突き破り逃亡を謀る。赤い体液を襖に散らしながら……。
しかし、私の意識も限界が来たようだ。このまま死ぬのだろう。仲間の声が聞こえてくる。
大丈夫か? 今、処置をするからな……と。
それは手遅れだ……。私は最後の力を振り絞り仲間に言ってやる。そして、瞼を閉じた。
〈了〉
作−さくららい