亜人ハンターⅡ
私の意識が戻ったのは、白い部屋のベッドの上だった。部屋は奇妙な静けさに包まれている。
まるで世界が死んで、無と化したかのようだ。
全身の感覚が気薄な私は、右手を握ってみる。僅かながら指先の肉と手のひらの肉が接触するのがわかる。
生きている。
無音ともいえる部屋は不安を和らげ、優しく撫でられるようでいて、同時に生の実感を鈍らせている。
太陽の照りつける大地にベッドが一脚、そんな心情風景を想い描く。
呆然と重力に服従していると、扉を開ける高い音が鳴り、私はその発生源の方向へと頭を向ける。
「右葉山二郎くん、やんね?」
聞き覚えがある声に私は答えようするが、喉は一向に振るわない。
「よかったぁ! まだ生きててんなぁ」
視界に鮮烈な赤が入る。
凝視していると、それが着物だとわかった。
男性にはない女性特有の乳房により、ふくよかに隆起した胸部。
平均的にみてやや巨乳な分類に属するだろう。
手には果物籠が下げられている。
きっとお見舞いだ。
傾
いで観察するのに疲れ、そして私は溜息を吐き、再び天井に視界を戻す。
なんだ路々奈か……と思えば安心する。
「もう、無視しないでよ!」
私の態度が無愛想に見えたのか、路々奈は大きな声でそういった。
きっと漫画みたいに怒りマークがでているはずだ、と私は一人で笑う。
「やっと牢屋を出たかと思えば、今度は亜人と戦うやなんて……そんな、聞いてびっくりしちゃった」
路々奈は果物を窓際に置く。
「でもよかったやん、死なんで。これでしばらくは平穏無事な暮らしができるね」
平穏無事とい単語に、つい俯いてしまう。
治癒すれば、また亜人ハンターとして京都かどこかへ送りこまれるだろう、そうだ束の間の休息には違ない。
そもそもこれらは更生プログラムの一環で、完全に釈放されたとは言い難いのだ。
枯れたような声で「あぁ……」と話してみる。
どこか気が抜けた発音だった。やっとのことで漏れた言葉だ。
路々奈はメロンを切り始めている。言葉のない私に一方的に話している、幼馴染の路々奈。
「うーん、嬉しそうやないなぁ……君は」
メロンの甘い香りが鼻腔を通り、食欲を唆る。
八つに分かれたメロンは、さらにブロック状に切りられ、皿に乗せられた。
その一欠片を目の前に寄せられる。
「はい、あーん。おいしいねん、これ」
口にメロンが入る。
キュウリのように青く、たいして甘くもなく、美味とは言いがたい。
野菜だ、これは。
「不味そうやね……やっぱキュウリやった?」
キュウリみたいだとは、どうやら路々奈も知っていたこのようだ。さっき、味見したのだろう。
言葉があるなら、キュウリとしては食べれる……と話そうか。
「歩けるようになったら、どっか大阪の街を散歩しようや」
大阪の街かぁ……と記憶を思い出してみる。
巨大な地下空間に異常なほど煩雑したケーブルと、セメントやコンクリート製の建物、人口五十万の残された人類、その一部がそこに暮らしている。
あちこちに亜人ハンター募集のチラシが貼られいる、驚異は依然治らない世情。
強烈な光の人工太陽が焼き尽くすほどにそれらの世界を照りつけている。
巷には煙草や酒やセクサロイドを売っている店がよく見られる。歩いていれば、酒臭いおっさんが金や銀の髪をした美少女をハメている光景を路地で見ることがきる。
巨大なビリケン像やら、巨大な招き猫の像があちこちに鎮座しており、それに祈りを捧げるばあちゃんがいる。それが故郷、大阪だ。
「そや、串カツ屋いこう、いつものところ。あそこほんま美味いやん」
串カツ、ギョウザ、チャーハン、ラーメン、お好み焼き、たこ焼き……などはこの地下都市大阪の代表的な食べ物だ。
どれも炭水化物の塊で、健康面からすると良くないのかもしれない。
そんな世界で、私は育った 。
路々奈は椅子から立ち上がり、私の手を握った。
「さぁ、そろそろ仕事やから帰るね。また、こんど」
それは暖かな感触で優しかった。
そういえば、亜人の血もたしかに暖かな赤だ。
路々奈が去った後、私は人生の虚無感に駆られていた。
その感情を埋めるべく彼女が置いていったマンガ《火の鳥》を読でいる。
彼女はマンガが好きなのだ。
つづく